支部行事の根幹をなす山形展は、別掲新聞記事の通り7月17日から21日までの会期で開催された。
会期前日には本部より武敏夫先生が来形され、展示や作品について懇切なご助言・ご指導を頂いた。
その後、一般公募出品者の表彰式が行われ、懇親会では山形美術館長等のご臨席の下、展示作業の疲れも見せず、皆大いに盛り上がった。
特筆すべきは、会期中に本県をおそった集中豪雨。土砂災害や断水などの被害が大きく、来場者の心配があったが、結果は例年を上回る鑑賞者数に一同、安堵した。
さらに行事として、樋口洋先生のご指導を受け示現会展にむけ作品研究会を開催した。3月は支部長を中心に実施。5月には宮城県と合同の写生会を庄内浜で開催、交流を深めた。
5月19日~20日、今年最初の事業として支部写生会を大石田の最上川を中心に実施。宮城示現会より参加もあり晴天にも恵まれ有意義な写生会となった。
65回示現会山形展、本部より錦織先生をお迎えし、作品陳列から支部員の作品についても懇切丁寧にご指導を賜わり心より御礼を申し上げております。会場は例年の通り力作揃いで評判もよく盛会でした。
心に残ったことは、県立女子高校美術部、先生引率のもと、中央展具象絵画の勉強にと来館、これからが楽しみとなりました。
同時期に、別二会場で小品展開催、8月12日、作品研究会を実施。
今年の示現会展は、かつてなかったヒヤヒヤの連続であった。東日本の大震災の二日後に、山形支部の作品を集めたが、果して作品搬入が出来るのかということ、そしてそれが業者の熱意で何とか可能になり安堵した。次に出品者が上京できるかということについては、結果としてほとんど状況不可能になり、本展を見ることがかなわなかった。こんな時にこそ、全国の皆さんにお礼を言いたかったが残念に思われる。
七月の巡回展は舘野常務理事を迎えて宮城県会員の作品を招待しての巡回展とした。これは今までになかった企画で多くの方々から喜ばれ、かつてなく盛況裡に終えたことを会員一同感謝している。
山形支部は、今年創立六十周年という記念の年であります。
本部示現会結成二年後の昭和二十四年に、初代会長飛塚安吉氏、二代会長細梅久彌氏達十名で白風会という名称で結成されました。途中平成四年に白風会を示現会山形支部に名称を改め、六十年の歳月が流れました。実に山形県としては、絵画研究活動団体の中心的勢力と言えます。
六十年の記念の年として何をなすべきか数年前から検討していましたが、結局記念画集発刊に全力をあげ、七月二十三日の巡回展山形支部展の折にささやかに記念の意味を各会員が胸にきざむことにし、本部からは成田禎介先生ご臨席のもと実施しました。今年の展覧会は観客数も増加し盛会に終えました。
山形支部としては、この記念の年をより意義あらしめる為には、会員の内容の充実が今求められているのではないかと思っています。
山形支部会員のレベルアップを願うなら、日頃の研鑽と個々の的確な目標設定がかかすことのできない課題であると思います。山形という地方都市のよさと、山形らしい人間関係の構築の上により上を目ざす支部として努力してゆかなければと強く感じています。
研究写生旅行が山形県の飯豊町開催となり支部として誠に光栄の思いでいました。
遠距離にもかかわらず、これまでの参加者数を上廻る結果となったこと、
隣県の新潟支部や宮城示現会、遠くは福岡からも、しかも好天に恵まれて思い出多くの
写生旅行となったことと喜んでおります。
七月十五日~十九日「第六二回示現会巡回展」は山形美術館で開催、搬入展示搬出作業は
支部会員全員で実施されました。例年より多い入場者、マスコミの取材があり、五日間の会期中これ迄の数字を上回る1,500人に及ぶ結果でした。
本部から桜井淑子先生が来形され、展示の御指導、更に支部会員展示作品の御批評指導を懇切に戴きました。更に翌日支部会員制作中の作品を持ち寄り、二日続けて御指導となりました。
この巡回展と同時期に支部会員の小作品展を山形市内二会場で開催、会員は多忙を極めながらも頑張っています。
特筆すべきこと、第六二回示現会では支部会員出品者全員の入選を果たしたこと。支部新規加入者が三人あり、これ迄の最高となる五六人となったことなど、山形支部は正に右肩上がりの状況です。